2004年9月11日
石山寺
先月出かけた宇治で、ちょっとだけ源氏物語に興味を持ったのですが
「石山寺」も紫式部にゆかりの深いお寺だと
掲示板のお客様に教えて頂いて
早速訪ねてみました。
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京阪 京津線 石山寺駅 |
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駅を降りると、 直ぐ目の前には 瀬田川が流れています。 この川は、琵琶湖から海に流れ出る 唯一の自然の川なんですね。 この川を下れば、宇治川 淀川、そして大阪湾に辿り着きます。 |
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瀬田川沿いを歩く事15分 石山寺に着きました。 東大門(重要文化財) 1190年に源頼朝の寄進で建てられたそうです。 |
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奥に進むと、 一つ一つ岩の形が面白い 池が見えてきました。 |
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長い階段を登るとイキナリ 奇怪な岩と、立派な多宝塔が現れました。 この岩は硅灰石(けいかいせき)で、 天然記念物に指定されています。 「石山寺」の名前の由来ともなっているそうです。 |
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下から見えていた多宝塔(国宝)です。 二重の塔の中では日本最古で源頼朝の寄進で建久5年(1194年)に建立されたそうです。 |
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月見亭(1687年) この建物から、 月を眺めてみたいような… ちょっと怖いような… だって断崖なんだも〜ん でもそんな事を言ってはいけません。 石山寺は 信州・姨捨山、京都・大沢池とともに日本三大名月にあげられる 月の名所なんですね。。 中秋の名月には紫式部供養法要が行われるそうです。 |
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平安時代寛弘元年(1004)紫式部が新しい物語を作る為に石山寺に七日間参籠し、 十五夜の月が瀬田川に映るのを見て、物語の構想が浮かび、源氏物語の須磨と明石の巻を経典の裏に書いたのだそうです。 今のように紙がどこにでもある訳ではないので、 御仏に経典の裏に書かせて下さい…とお願いした後、源氏物語を綴り、 そのお詫びとして写経し、石山寺に奉納したと伝えられる巻物が 豊浄殿に展示されていました。 |
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秋の七草のひとつ 萩の花が見事でした。 |
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彼岸花が咲き始めていました。 |
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紫式部。 |
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本堂の入り口の脇にある 「源氏の間」 紫式部さん… 説明書きが遠すぎます。。 読めません… |
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本堂(重要文化財) 内陣は平安時代中期の建築、外陣(礼堂)は慶長7年(1602年)に淀君の寄進により増築されたといわれているそうです。 |
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*源氏物語の須磨の巻*
官位を剥奪され流罪にも処せられかねない状態に置かれた源氏は、
自ら須磨に退去する事を決意します。
紫の上との辛い別れ。
紫の上は一緒に行きたいと望むが叶わず、
互いに身も心も引き裂かれる思いで、
源氏は僅かの供を連れ都をあとにします。
辛い別れを描いた須磨の巻
瀬田川に映った十五夜の月をヒントに、
紫式部は悲しい物語を書き上げたのですね。
「月」には、成就する恋よりも
悲しい恋が似合うのかもしれません。。